第十九回

  

こうして目的地メルギー島へとたどり着いたのは、海兵団へ入団してから三ヵ月半も過ぎたころです。

私は海軍第十七警備隊の最下級二等水兵です。任務は、内地から送られてくる被服、食料、兵器を前線へ輸送することですが、この基地の水路に敵機が機雷を投下してゆくので、その掃海が主な役目でもあります。さあ!みんなに負けないように、シッカリお国のために働かねばなりません。

「ピーッ!総員起こし!」
急いで毛布を片付けて整列。訓示が終わったところで
「コラッ!西島二等水兵、前に出ろ!」

ボイーン!と殴られました。不意に呼び出されて、何が何だかさっぱり分かりません。

みんなと同じように起きて毛布を片付け、早くキチンと整列しているのに私だけが怒られたのです。自分のどこが悪いのか、いろいろ反省してみても分からないまま。その後も私はよくたたかれました。

「ええい!どうにでもなれ!」とフテクサれると、また一段とたたかれる回数が増えるようです。

「バチッ!バチッ!」両ほおをたたかれるまま「この野郎!」と上官を見据えて「イチ、ニイ、サン、シイ…」とビンタの数を数えていると気分が休まります
が、気を失ったこともあります。

後で気がついたのですが、上官に心から順応していない私の「目の色」が悪かったようです。普通でもこの顔ですから、よほど横着なツラをしていたのでしょ
う。

海軍では、一人一人の能力を検査して部署に就かせる合理的な面もあります。

私は絵と字が書けるということで本部の司令室勤務を命ぜられました。

ここでの私は、毎日「戦時日誌」を作成し東京・霞が関の大本営海軍司令部へ送る役目です。

戦死者が出ると、白木の位はいに
「故 何々二等水兵之霊」
と、筆文字で書くのも私の仕事です。元気で出発した戦友の顔を思い出し、涙を流しながら筆を握ったことです。そして、自分が戦死した時の位はいは誰が書い
てくれるのだろうかと思ったものでした。

(1993年 画家 著書より)

 

    

  

   
  


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