第二十回

  

基地上空に英軍の偵察機が飛んで来て二、三日たつと、夜は決まって爆撃機が、基地の前の水道やマングローブ湿地帯に磁気機雷を投下していきます。

すると特別警戒態勢になって、私は班長と一緒に海岸に作られた防空ごうの中で機関銃を構えての当直です。じっと空をにらんでいると、時々ブヨがほおにた
かるので、手で追っ払うと「虫が来たくらいで目をそらすな!」と言ってなぐられます。

戦闘帽の中には機銃の射撃音から鼓膜を守る「護耳器」という耳栓を入れていましたが、上官がスパナで鉄カブトの上から頭をガチンとなぐると、割れてしま
いました。たとえ小さなエボナイト製の耳栓でも、かしこくも天皇陛下から支給された大事な兵器です。

「なんでキサマ!頭の中に入れとくのか!兵器を壊したのはお前だ」と言ってなぐられました。自分がたたいておきながら、私の頭の骨が硬過ぎたような言い
がかりです。今度は質問攻めです。

「水魚の交わりとは何か?」

「ハイッ!水と魚のように仲むつまじくすることであります」

「何いッ!むつまじくとは何だ!キサマ、いやらしいやつだ!仲よしだけでよかッ」ボイーン!

答えてもたたかれるし、答えなければなおさらのこと…まったく軍隊というところは世間の常識が通りませんから、とぼけて答えを間違えたほうが上官は機嫌
がよかったようです。

ある夜、
「西島はおらんかア!」とどなる声がします。眠ったふりをしていると、声の主は博多出身の真鍋兵曹のようです。「きさま!なんごとすぐ返事せんかい!来
い」ということで、黙って後に付いて行きますと、烹炊所(炊事場)の一室に陸軍の憲兵が立ってこちらをにらんでいます。

「ビクビクするな!これば食え!」

お皿に山盛りのオハギを差し出されました。真鍋兵曹と修猷館中学同窓で、マレー半島の宣撫(せんぶ)工作など担当の陸軍特務機関将校だそうです。聞いた
だけで震え上がるような偉い階級ですが、恐る恐る腹いっぱいいただいて別れました。

戦後、この方とは西日本新聞社で再会しました。「私がビルマのときの木村節夫たい。覚えとるな…」将校は笑顔の新聞記者に戻ってありました。

(1993年 画家 著書より)

 

    

    

  

   
  


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