第二十五回

  

ムドン収容所の中には、いろいろな職業の人がいました。陸軍に市川某という歌舞伎の役者がいて本格的な芸を披露し、ヤンヤの喝さいを浴びると、
「海軍も負けてはならぬ。お前は博多にわかがやれるだろう」と私に演芸部長の命令です。

そこで静岡県焼津市出身で朝鮮総督府から海兵団に入った渡辺平吉君(故人)が「弥次喜多道中記」やご存じ「春雨じゃ、ぬれて行こう」の名場面「月形半平
太」の脚本を書いてくれて、私が月形で、舞妓「梅松」役を佐賀県出身の牛島二等水兵がやって大失敗したのを覚えています。

何度も練習を重ねて、いよいよ本番のとき「千両役者ッ!」などと声がかかると、頭の中がボウとしたのでしょうか、牛島二等水兵が

「月さま、雨の降イよいよいヨ」と佐賀弁丸出しで言ったため、みんなひっくり返って笑い転げたのです。

そのときから佐賀弁の大流行です。

「どげん行きよんさるかんタア」
「便所イ行きよいよいヨ!」
「そぎゃんなター」

こんな面白い冗談だけならよいのですが、軍隊では、お国なまり丸出しの上官の言葉が理解できずに、笑いごとではすまないことも度々でした。

関西弁の「なにやってまんねん」くらいならまだ分かりますが、東北出身の上官が早口で

「おみいだつ、なぬやってんだ。りくせんきゅうはん(陸戦教範)のなんぴーじぬ(何ページに)なぬがかいてあるのかわがんねーのか!」とやられるともう
いけません。黙ったまま殴られるだけでした。

もうひとつ、軍隊では読みにくい名前も災難の元になります。大分県出身で一尾(いちお)英信という同年兵が上官から「いっぴえいしん」と呼ばれて、本人は気づかずにいると、こんどは「かずお、えいしん!」と呼ばれ、やっと自分のことと気付き「ハイッ!」と言ったら「返事が遅い」ということでボイン!です。

いまは子供にカッコよい名前で難しい漢字を当てるのが流行のようでもありますが、どんな時代でも名前はだれが読んでも読みやすく、書きやすいのに限ると
思うとります。

(1993年 画家 著書より)


 

  

    

    

   
  


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