第四十四回

  

 福岡に民間テレビ放送が開始されたのは昭和三十三年でした。地元に密着した番組をと、福岡相互銀行がRKB毎日で初の対談番組を企画され、しかも「聞き役はぜひ西島さんに」ということです。RKB局側は「素人では絶対無理」と猛反対です。それは、そうであったろうと思いますよ、何もかも初めてですから・・・。

 しかし銀行の広報担当、土居善胤氏に「とにかく本人を見て来なさい」と言われて、若いディレクターの河原俊二さんと中山正敏さんたちが私の品定めにアトリエまで来られました。

 こちらは生来のガラガラ声に加えて博多弁丸出しです。スタッフはかなり面食らった感じでしたが、そのうちに「どこにもない持ち味で、もしかしたら、かえって当たるかも分からん」と思われたのでしょうか次第に意気投合して「そんなら出てもらいまっしょうか」「私でよござすな?」と決まってしまったのです。

 民間テレビ放送に、初めての素人登場です。タイトルは「やあ今晩は」という番組で、毎週火曜午後九時から十五分間、地元で活躍されているゲストをお招きして、私がいろいろお尋ねしながら、最後にゲストの似顔絵をその場で色紙にサラッとかいて締めくくるというものです。

 何もかも初めてのことで、何がどうなるのかディレクター自身もまだ心配のようです。私もテレビの出演がどんな波状効果を生むものか、どうやって撮影されるかなどまったく分かりません。芝居を演じるわけでもない、背広でふだんの姿のままなのに「ドーランを塗って化粧しないと、肌が汗ばんださいに顔が光って真っ黒に写るからダメ」とか「真っ白のワイシャツよりブルーのほうが反射が少なくて映像が鮮明である」とか、教えられながらのスタジオ入りです。

 やがてスイッチが入ると、天井からは何十個ものライトが一斉にさし、そのまばゆさと熱さは、いま考えるとうそのようなものすごさでした。しかもビデオ撮りではなく、本番ですから、やり直しがききません。

 十五分の持ち時間いっぱい、余計なことを言わず、同じ話が重複しないよう、相手の話を真剣に聞きながら、自分のしゃべりは忘れないように、しかも笑顔を浮かべて、最後には似顔絵を一秒ギリギリまで書き続け、早く出来上がってもいけないのです。

 「ハイOK!」が出るまで、全神経がビリビリでした。


森繁久弥さん一家と対談

(1993年 画家 著書より)


  

 

   
  


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