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「あゆみの箱チャリティショウ」が福岡で毎年開催されるようになって五年目、思い切ってハワイ大会を敢行することになり、福岡からも約三十人くらいが参加することになりました。 昭和四十五年七月、当時就航した巨大なジャンボ機に乗ったときは、驚異でした。 羽田で、森繁久弥、伴淳三郎、村田英雄、千昌夫等々の芸能人や全国からの参加者と合流、一行百五十人です。チャリティーショーはホノルルの中心HICホールで行われましたが、約七千人の入場者で大成功。翌々日には第二次大戦のさい欧州戦線でその勇猛さが尊敬されるようになった日系二世のハワイ百大隊クラブでオークションを開き、日本の俳優からの寄贈品などがせりにかけられ、私はその場で色紙に日本の童(わらべ)の絵を描き、西頭哲三郎さんたちは博多人形の彩色実習などをしました。 そのほか扇子やうちわにサイン会、「はかた」や「ふくおか」「ながさき」の観光ポスターも一枚三ドルで次々に売れたのはうれしかったですね。結局約四百万円ぐらいの基金を日本の施設へ贈ることができたそうです。その後、南米ブラジルでも開催されて、私はポスターを描いて寄贈させていただきました。 こういう基金が、昭和四十六年に福岡県朝倉郡の夜須高原に誕生した在宅心身障害児(者)の養育訓練施設「やすらぎ荘」建設に役立ったようです。現在は西日本新聞社の福田利光相談役が理事長として運営されています。 あの「やすらぎ荘」がオープンした日は、伴淳さんと一緒に私も現地を訪れ、玄関に八十号ぐらいの油絵「かごめかごめ」を寄贈させていただきました。その絵がこのほど、森繁久弥さんの色紙と一緒にテレホンカードになって発売されましたが、これは去年五月、夜須高原で開催された第四十三回植樹祭に天皇、皇后両陛下をお迎えした「やすらぎ荘」の改装資金に役立てられたそうです。 ![]() (1993年 画家 著書より) |