第七十一回

  

 福岡'82大博覧会の木造の家並みを壊すのはもったいなくてなりませんが、現代ではこういう古材を使うのは、かえって手間がかかって高くつくという話。そのとき「よし!私に分けてください」と名乗り出たのが「のこのしま・アイランドパーク」の久保田耕作さんです。採算を度外視して能古島に再現してみましょうとのこと。

 家並みは、博覧会の材料を半分ぐらい利用して、板壁や漆喰(しっくい)の本建築に補強され、落ち着いた感じになってゆきました。入り口には「思ひ出通り」と書いた石碑を建ててもらうことにしました。

 道の両側には「能古焼」のほか、実際に竹カゴや桶(おけ)が出来上がってゆく様や、フイゴで火をおこし、トンテンカンと金づちでたたく村の鍛冶屋さん。居酒屋や農家も再現。囲炉裏端に火吹き竹で燃やす竈(かまど)も、大きな鉄なべのような五右衛門ぶろも作ってもらいました。

 公衆電話ボックス、派出所、共同井戸はそっくり移されました。郵便局だったペンキ塗りの洋館は「カフェー夢路」という喫茶店にして竹久夢二の画集や絵はがきを室内に飾って大正ロマンのムードを出しました。

 走路や側溝、家の造作、装飾などは信州の「妻籠宿」や名古屋から奥へ入った「足助宿」などに旅して参考としました。木枯らし紋次郎が出てきそうな街道風景とはゆかなくても、私たちの熱意と遊び心です。

 六地蔵は友人の石彫家国広秀峯さんにお世話いただいて、二日市の彫刻研究会の方々に、かわいいお地蔵様を彫っていただくことができました。

 菜の花が終わって黄色のラッパ水仙、やがてツツジと自然がいっぱいの広い土地(五万坪)を所有しておられるお父さんは、八十四歳のご高齢ですが、今も麦ワラ帽子で黙々と草むしり、お母さんは新しく開店した駄菓子屋さんで子供さん相手にいつもニコニコ、そのお元気な姿には頭が下がります。

 いよいよオープンの日は進藤市長さん(当時)にもお出でいただき、その席上私は久保田社長から「思ひ出通り町長」の認証状を思いがけもなくいただいて、出席の皆さんからは「選挙なしの町長さんですね」とからかわれました。


久保田社長から、町長の認証状を受ける私(右)

(1993年 画家 著書より)


  

 

   
  


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