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サンフランシスコ「どんたく」で海外公演の要領も分かり、博多民踊協会、福岡民踊「四季の会」の方々とも親しくなって、昭和五十七年十月、こんどは姉妹都市提携二十周年になる、対岸のオークランド市で百二十人の「どんたく隊」です。 私はまず本体とロサンゼルスに飛び、写真家の吉村勇男氏と二人でオークランドに引き返して、先発の福岡市市民局長大塚基博氏、西日本新聞社事業部の福田久之氏(いずれも当時)と合流。オークランド市中心の「メリット湖公園」で、日本から送った荷物の荷ほどきや観客の動員状況しらべなどの準備に大忙しです。本隊が乗り込んでくるコースの木にちょうちんを結び付けていましたら、騎馬警官がパカパカ近づいて来て、公園の植木にヘンなものを結び付けてはいかんと言うのです。「すんまっせん!ちゃんと断っとります!」と慌てて大塚氏に通訳してもらいました。汗だくの準備がやっと済んだとき、本隊のバスが着き、そろいの華やかな衣装の「どんたく隊」の行進です。 ♪ぼんち可愛ねんねしな…とシャモジたたいての行進を珍しそうに観客は見ているのですが、なんとなく静かです。やがて「博多に来んしゃい」そして「おんな黒田節」のテープで踊りますが、曲のテンポがのろいので沸きません。いよいよ最後の「炭坑節」の総踊りになりましたが、それでも反応が足りません。たまりかねて「曲のテンポを上げて!」と速度をマンボ調にしてもらいましたら、今まで座っていた観客がみんな立ち上がり、瞬く間にどんたく隊と一緒になって♪月が出た出た…とリズムに乗って踊り出しました。
![]() 「よかった、よかった!」感激と感動の涙で私たちの顔はくしゃくしゃになりました。 このあと、すぐ近くの日本庭園に寄贈した石灯ろうの除幕式も無事終了、ウィルソン市長と固い握手を交わすことができました。 (1993年 画家 著書より) |